歩切れが当たり前だった当時、丸太の市場は小丸太価格優位になっていました。
つまり3cmから9cmぐらいの小丸太の値段が、20cmから30cmくらいの中目丸太や、14cmから18cmくらいまでの柱用丸太よりも高かったのです。
つまり6cmとか7cmの丸太から9cm角とか10cm角ものの製品をつくる。
製材工場は空気を売ったほうが儲かるから、小丸太ばかりみんな買いにいき
その値段が、柱用丸太や、中目丸太よりもよっぽど値段が高くなったのです。
まさに歩切れのせいですが、誰もが小丸太の需要が非常に強いから、小丸太の値段が高くなると納得していました。
そういう小丸太価格優位の構造は、昭和40年代のはじめごろまで続きました。
今から見れば異常な取引が成立していた背景には、需給ギャップが非常に激しかったという当時の時代状況があったのでした。